母や友人に打ち明けたことが転機に

わんこさん
20代女性
#過食嘔吐
「女の子は細い方がかわいい」ずっとそう思ってきた。やせたくて仕方がないのに、食べたい衝動が抑えられず、過食嘔吐を繰り返す日々。限界を迎え、母や友人に打ち明けたとき、どんな自分でも受け入れてくれる人がいると知った。そのことが、私の回復の力となったように思う。
「女の子はやせていた方がいい」
と思っていた
小学生の頃から体重への意識が強く、「女の子はやせていた方がいい」と思ってきた。芸能人やアイドルはみんな細くてかわいい。弟から体重計の数値を見られたときに「デブ」と言われたり、クラスの男子から身体測定の結果を見せろと冷やかされたり、やせなければと思うきっかけは、いくつもあったように思う。
中学、高校時代は太るのが怖くて、食べすぎたと思ったとき自分で吐くようになった。その頃は、吐くことが悪いことだという意識も、これが病気につながるという自覚もなかった。
体重と食にがんじがらめに
その3キログラムが、
許せない
高校を卒業後、大阪の大学へ進学し、一人暮らしを始めた。自炊するようになり、野菜や納豆、豆腐など自分が許せるもの、太らないと思うものだけを食べるようになった。でもすぐに、サークルや友人との付き合いで、外食をする機会が急増。ジャンクフードを食べることも多くなり、気づくと3kgほど太っていた。「やせなければ」と思いながらも、度重なる外食でやせることができない。毎日体重計に乗り、1kgでも増えると頭が混乱した。友達が「正月太りで3kg太った」と話していても、私にとっての3kgは許せるものではなく、すごく大きな変化だった。
体重計とのにらめっこ
「戻さなければ」と数字が全てになり体重計とにらめっこをする。すぐに戻さないといけないのに、友人とご飯に行く予定が入っている…。どうやって調整しよう。どうしよう。と、どんどんと追い詰められていったように思う。
インスタグラムを開いたら、おすすめの欄が全部ダイエットに関する投稿になるくらい体重を減らすことに執着していた。
インスタグラムやTikTokで「やせる」といった投稿を見つけては、食事を厳しく管理したり、運動でカロリー消費しようと異常に歩き回っていたこともあった。
食べても、食べても
満足できない
本格的に過食嘔吐が始まった日は、今でもはっきりと覚えている。友達と回転ずしを食べに行った日のことだ。本当は、もっと食べたかった。でもこれ以上食べたら友達に引かれる、食べすぎと思われる。そう考えると、それ以上食べることができなかった。
お腹が満たされなかった私は、帰宅後にコンビニに行き、普段、自分に禁じている高カロリーな食べ物を思い切り買った。パンやスナック菓子などすごい量を買い込んで、味わいもせず一気に食べた。食べたかったものを食べているのに、その味すらわからないぐらいの勢いで食べた。食べても、食べても満足できず、前やっていたみたいに「食べて吐いてしまえばいいんだ」と思い、過食して、吐いた。
一瞬の食欲を満たす。
それだけのために
1回だけで終わらせるつもりが、その日を境に自制が利かなくなり繰り返すようになった。1週間に2回も3回も過食嘔吐をする。
洋服やコスメが欲しいと思っても「何千円もするし、止めておこう」となるのに、一瞬の食欲を満たすためにお金使うことには全く躊躇してない自分がすごく嫌だった。私は一体何にお金を使っているのか…と空しくなり、いたたまれない気持ちになっていった。
「食べたい」しか考えられない
吐いたら顔も腫れるし何のメリットもない。吐いた後は、いつも後悔に切り替わり、「一生しないでおこう」と思うけれど、何日か後にまたやってしまう。ずっと食べ物のことを考え、一度過食したいという気持ちに囚われると、もう抑えることができなかった。
実家で過ごして、一人暮らしの生活に戻ってきた日は、特に過食が止まらなくなった。やせるとか、太るとかもどうでもよくなり、とにかく食べたい、そのことしか考えられなくなっていた。
母に受け止められ、
「やせることに囚われすぎていた」と冷静に
限界…
泣きながら母に電話
つらくなってサークルは辞めた。人付き合いの機会が減り、バイトか大学に行くだけの生活は思い描いていた大学生活とはかけ離れていた。孤独感が募っていき、うつ状態になった。テストや就職活動のストレスも重なり、生活がままならない状態になった。22歳の時に、もう限界だと思い、泣きながら母親に電話をかけた。
受け止めてくれた母の言葉
吐いていること、病院に行きたいと思っていることを母に正直に伝えると、母も大学生の時に同じようなことしていて、「太りたくない気持ちはすごくわかる。甘い物を食べたいこと、ジャンキーなものを食べたくなることは、全然珍しいことではないんだよ」と言ってくれた。母とは普段から仲が良く、何でも受け入れて応援してくれる存在。吐いていることも、病院に行くことも、すんなりと受け入れてくれた。
服薬で、「やせなければ」という
気持ちが消えた
母は大阪まで来てくれ、病院に付き添ってくれた。メンタルクリニックで診察を受け、薬を処方された。服薬を始めると、食欲が落ち着き、体重が落ちた。それとともに自分の中の「やせなければ」という気持ちも消えていった。精神的に安定しだすと、過食しようという気持ちがなくなって、私は「やせることに囚われすぎていた」のだと自分を客観視できるようにもなっていった。
見た目へのこだわりが薄れる
「自分を受け入れてくれる人はいる」
焦らずに。変化は少しずつ
薬を飲んでしばらくは治まっていた過食が、何カ月か後に再開したことがあった。その時は「もう一生治らないのか」とつらい気持ちになったが、今は「たまにはしてもいいか」と、焦らず思えるようになった。完璧主義、白黒思考を止めるようにと意識し、できることをやっていくうちに、「体重が増えてもいいか」と、少しずつ変化していったのだと思う。
自助グループの活動に参加したことも大きい。同じ病気を抱えている仲間の話を聞いて、自分自身を振り返ることができたように思う。
数字にとらわれなくてもいい
食べたいものを食べられることが理想だが、今の私は、自分で食事を管理できることで安心する。今後、誰かと一緒に生活するようになったらどうなるのかとの不安はあるもののそれも一つずつ乗り越えていきたい。
それに今は、自分が思っているより、人は自分のことを見ていないことにも気づいた。自分ではやせたと思っていても、周りは気付かない。太ってしまっても周りは気にしていない。数字に囚われなくてもいいのだ。
自分を受け入れてくれる人はいる
過食嘔吐は、手放せない存在だった。治したいけれど、簡単にはいかない。親や友人に話せば、気を使わせてしまうのではないかと、ずっと一人で抱え込んできた。母に「自分のせいでこうなった」と思わせたら嫌だったし、友達に話したら一緒にご飯を食べるときに意識されてしまうと思い、怖くてずっと言い出せなかった。
でも、「もう限界」と、打ち明けたときに、母も友人も私を受け入れてくれた。友人は「気づけなくてごめんね」と心配して大阪まで来てくれた。過食嘔吐している自分でも、受け入れてくれる人がいると思うと、心強かった。自分を大事にしてくれる人はいるし、その人を大事にすればいい。見た目で判断してくる人がいるとしたら、その人は自分にとって必要ない人なのだ。そう気づいた今は、そこまで見た目にこだわらなくていいと思うようになった。
自分に価値がない
なんてことは、ない
「女の子は細くないとかわいくない」と思い込んで、芸能人のような体型に憧れた。太ってしまった自分は「ブスだ、デブだ」と思って過食嘔吐を繰り返した。その時は自分自身が大嫌いで「こんなことしている自分も本当に価値がない」と思っていた。
そんな自分を知っても変わらずに接してくれた母や友人の存在が、「どんな自分でも、価値がないことはない」と思えるきっかけとなった。物事を熟考できること、目標を決めたらとことん頑張れることなど、自分の強みにも目を向けられるようになった。「自分のしたいようにしていい。完璧じゃなきゃ駄目なことなんてない」。今は心からそう思っている。
※掲載している方は全て仮名です。
※ここでご紹介している内容は、あくまでも個人の体験談です。症状や感じ方、回復過程には個人差があり、必ずしも全ての方にあてはまるものではないことに、ご留意ください。また、医療的・専門的な助言を代替するものではありませんので、必要に応じて医療機関や専門機関へご相談ください。
※診断名の変遷をふまえ、体験談中の表記はすべて「摂食症」に統一しています。過去に「摂食障害」と診断を受けられた方の体験についても、現在の診断名に基づき「摂食症」と記載しています。
