摂食症ともの会

みんなの 摂食症 体験談

摂食症は私を支えてくれる相棒だった

うたさん

40代女性

#拒食 #過食嘔吐

症状の渦中にいた頃は、出口のないトンネルの中にいるようで、過食嘔吐さえなければ人生はバラ色だと思っていた。しかし、一方で症状は「相棒」のごとく私を支えてもいた。ピンチの度に転機もあり、それなりに前に進んできた今、長いトンネルの先にようやく光が見え始めている。

引っ込み思案だった幼少期

今でこそ、明るく社交的なキャラクターと見られることが多いが、幼少期の私は、おとなしく引っ込み思案な性格だった。物心ついた頃から、人の顔色をうかがい、相手の期待に沿うように行動する癖がついていたように思う。

中学3年生で部活を引退し、本格的に受験勉強に突入した頃から食欲が減少し、拒食傾向が表れ始めた。漠然とした将来への不安があったのだと思う。食事量をコントロールできていることが、意志の強さの証のようにも思えた。
高校生になっても拒食は続いた。顔が丸く、容姿にコンプレックスがあった私は、次第にやせている自分に価値を見出すようになった。

過食嘔吐という「相棒」から
逃れられない日々

「秘密の儀式」のはじまり

過食嘔吐のことは、大学生の頃に授業で知った。嘔吐は、食べてもなかったことにできる素晴らしい手段のように思えた。

それ以降、過食嘔吐が毎晩の儀式となった。食べたいものを欲求のままに買い込み、お腹がパンパンになるまで口に詰め込み、最後はトイレで吐き出す。お腹の中が空っぽになったことを確認して安堵し、疲れ果てて寝る。
過食衝動が起こってから吐くまでの一連の行為に、理性が入り込む隙はなく、悪魔にとりつかれたようだった。帰宅時間がどんなに遅くても、この儀式なしに一日を終えることができなかった。

部屋で一人、みじめな自分

過食の最中は、美味しい刺激に満たされて幸せを感じるものの、嘔吐のあとは、疲労感と罪悪感におそわれた。自分はなんて意志が弱くダメな人間なんだ。明日こそ過食嘔吐をやめようと思うのに、やめられない。お金の無駄使いをして、食べ物を粗末にしている自分がいたたまれなかった。

社会人になっても過食嘔吐は続いた。引っ越しや海外旅行など、どのきっかけでも症状が好転することはなかった。部屋で一人、散らかった菓子類のごみや嘔吐で汚れたトイレを片付ける時間は本当にみじめで、消えてしまいたい気持ちにもなった。
「摂食症じゃ死ねない、死ぬ勇気もない」。ドラマに出てくるような、寿命が迫った悲劇のヒロインにもなれない自分の現状がつらく、消えてしまいたかった。(この時は、摂食症が精神疾患の中でも死亡率が一番高いとされていることなど、知らなかった。)

私の中のA面とB面

「多趣味で行動的で、明るく社交的」な自分が「A面」だとすると、その裏側には、人には見せられない「過食嘔吐をしている」B面の自分が、表裏一体となって存在しているようだった。
B面の自分は、裸を見られるより恥ずかしく、過食嘔吐をしていることは墓場まで持っていこうと誓った。
「よく食べるのに、太らなくてうらやましい」と言われた時には、過食嘔吐を隠していることが、とてもうしろめたかった。

「相棒」が私に与えてくれたもの

私は過食嘔吐の存在を、「相棒」のように感じていた。
相棒は、お金や時間を浪費する「ダメなやつ」で、過食嘔吐さえなければ、私の人生はバラ色なのにと思っていたが、今思えば「相棒」は、その時の自分を保つためには必要な存在だったのかもしれない。
「相棒」が、一人ぼっちでさみしい私の気持ちを紛らわしてくれた。不安を一時的に忘れさせてくれた。「相棒」のおかげで、ほっそりした体を保つことができ、それが自分の自信にもなっていた。

自分を見つめなおす
「そのままの自分でも大丈夫」

カウンセリングを通して
過去の自分と向き合う

20代半ばごろ、職場の対人関係に困り果て、心療内科を受診したことがきっかけで、カウンセリングに取り組み始めた。
カウンセリングを通して、これまでの自分を見つめなおす中で、進路選択など重要な場面では、特に不安を強く感じてきたことに気づいた。また、自分の考えを述べることが苦手で、親や先生など周囲の期待に応えることを優先して生活してきたことなどに思い至った。
母親との関係では、どんな自分でも愛してほしかったということを確認でき、幼少期~思春期頃の自分の心の状態を、少し客観的に整理できてきた。

「相棒」を手放せない自分も、
今の自分なんだ

カウンセリングは、伴走者がいてくれるような安心感があった。そんな場所だから、こんがらがった自分を一つひとつ紐解いていく作業ができたのだと思う。
自分との対話を重ねる中で、「親の愛をうまく受け取ることができず、傷ついてきて、まだその傷が癒されていないのが、今の自分なんだ。『相棒』を手放せない自分も含めて、今の自分なんだ」と腑に落ち、涙が止まらなくなった瞬間があった。このとき初めて、過食嘔吐をしているという眼をそむけたくなる現実を、観念して受け入れたように思う。

そのままの自分でも大丈夫

そんな時に、今の夫と出会った。結婚を視野に入れた時、とても迷った末に、まるで訳アリ商品の説明をするかのように、自分に摂食症があることを打ち明けた。夫は摂食症をよく知らなかったようで、「大丈夫。解決できない課題はない。一緒に取り組もう」と声をかけてくれた。意外にも軽く受け入れられ、肩透かしをくらったような気もして、半分うれしく半分悲しいような複雑な気持ちになった。

新婚生活が始まり、過食嘔吐の頻度は減ったものの、夫に隠れて過食嘔吐する日々は続いた。過食嘔吐がやめられず、つらい気持ちを夫にぶつけることもあったが、夫はそれを受け止めてくれた。そうした夫の姿勢は、条件付きでしか自分を認められない私に、「そのままのあなたで大丈夫」というメッセージを発してくれているようにも感じられた。

やっと、病気だと認められた

主治医との出会いも転機となった。県内に摂食症の専門医がいると知り、先生を訪ねた初日に、「それだけ病歴が長いなら、入院しましょう」と言われた。ここで初めて、病気の重さを認めてもらえた気がして安堵した。

これまで、数々の心療内科を訪ねたものの、なかなか効果的な治療の提案を受けられなかった。ようやくつながった病院でも「低体重で命の危険がある人に比べたら、あなたのように普通に生活できている人は、優先度が低く入院は難しい」と言われたこともあった。「自分は病人として認めてもらえないんだ、きっと先生の手にも負えないような病気なんだ…」そんな悲しみや落胆が、救われたように思えた。

「相棒」より「健全な方法」と生きる

やせていたい気持ちとの葛藤

入院中は、食事治療と心理プログラムに取り組んだ。食事治療では、健康的な体重を取り戻すために、自分では許しがたい量の食事を摂取した。健康的な体重になることは良いことだ、と頭では理解できても、満腹感やお腹のお肉がどんどん分厚くなる現実が受け入れ難く、そんな体型の変化に強い嫌悪感を覚えた。

今まで、過食嘔吐という手段を使ってまで維持してきた体型を、入院中のわずか数週間で打ち壊されることに、やせていたい自分は抵抗した。治したい自分と、やせていたい自分が葛藤していた。

「健康なこころ」を育てなおす

治療をしていく中で、食事や体型に関連する思考や行動の隅々に、病気が影響していることを自覚した。炭水化物や脂質の摂取量が極端に少なく、食べたいものではなくカロリーを基準に選んでいること、0.1kg単位の体重の増減に一喜一憂し、やせればやせるほど嬉しいと感じることなど。それら一つひとつを点検し、「食べたいものを食べたらいい。皆が食べて良くて、自分が食べてはいけない食べ物なんてない。過食嘔吐してまでやせを維持することは健康とはいえない」などと根気強く自分に言い聞かせた。

こんな自分でも生きていていい

退院直後は、これまですがっていた「やせている自分」という価値を失い、よりどころのない不安を抱えたまま社会に戻されたような気持ちになったが、次第にそんな新しい自分を受け入れられるようになった。体型はそれほど重要ではなく、健康的な今の方が、ずっと生きやすいという実感が得られたからだと思う。何より、毎日の習慣になっていた過食嘔吐が、退院後ピタッとなくなったことが、自分に力を与えてくれた。「こんな自分でも生きていていい。自分には力がある」という気持ちも湧き上がってきた。

「相棒」への手紙

入院中、「相棒」にお別れの手紙を書いた。

「今まで助けてくれてありがとう。一人のとき、寂しいときに、いつもそばにいてくれて助けられました。でもこれからは、別の方法でつらさを乗り越えられる自分になりたいです。相棒と一緒にいることで、残念ながらお金、時間、健康な歯など、大切なものを失いました。これからは健康を第一に、自分を傷つけない方法で対処したいです」

「相棒」からのお返事も添えた。

「僕は長年、君と一緒に過ごしてきて、今少し寂しい気持ちはあるけれど、新しい挑戦をしようとしていること、素晴らしいと思う。応援しています。しんどくなったら僕を頼りつつ、少しずつ、別の頼り先に頼れるようになるといいね。僕も、君の大切なものが失われることは悲しいから、君が健康な方法で元気に過ごせることが一番だと思うよ。今までありがとう」

「相棒」に頼らない対処法を模索中

退院後まもなく、念願の子どもを授かった。現在は子育ての真っ最中。産前・産後の体重変化や慣れない育児への戸惑いの中で、「相棒」の姿がちらつくことも。そんな時でも、ストレスを感じているんだなと気づいて人を頼ったり、完璧を目指さずほどほどにしたり、自分なりに対処法を見出している。
今は、かつての「相棒」よりも健全な方法で、ストレスに対処していくチャレンジをしているのだと思う。

今はもがいていても、
いつか道は開ける

摂食症を自覚してから症状の改善を感じるまでの道のりは、本当に長かった。渦中にいた頃は、出口のないトンネルの中にいるようで、不安や孤独が強く、絶望的な気持ちになることも多かった。とはいえ、ピンチもあれば転機もあり、それなりに前に進んでこられた。

暗いトンネルの先に、光がようやく見え始めた今、「人生は長いし、焦らなくても大丈夫。今はもがいていても、いつか道は開ける」と思えるようになった。「もう相棒がいなくても大丈夫」。胸を張ってそう言える日が、すぐそこまで来ている。

※掲載している方は全て仮名です。

※ここでご紹介している内容は、あくまでも個人の体験談です。症状や感じ方、回復過程には個人差があり、必ずしも全ての方にあてはまるものではないことに、ご留意ください。また、医療的・専門的な助言を代替するものではありませんので、必要に応じて医療機関や専門機関へご相談ください。

※診断名の変遷をふまえ、体験談中の表記はすべて「摂食症」に統一しています。過去に「摂食障害」と診断を受けられた方の体験についても、現在の診断名に基づき「摂食症」と記載しています。

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