摂食症ともの会

みんなの 摂食症 体験談

「やせ」にすがらなくても、私は私のままで大丈夫

すみれさん

20代女性

#拒食 #過食

幼い頃からいい子で、素直な気持ちを表に出せなかった私は、やせて心配されることで、「生きていていいんだ」と思えた。学問や人との交流を通して、自分を客観的に見つめ直したことが回復の後押しに。今、あの頃の自分にそっと寄り添い「ありのままのあなたで大丈夫」と伝えたい。

素直な気持ちを
表に出せなかった私

「ちょっとダイエットしてみよう」

14歳で摂食症を発症した。きっかけは、「ちょっとダイエットしてみよう」という軽い気持ちだった。中学校の恒例行事で「長距離のウォーキング」があり、帰宅後に体重を量ってみると、思いのほか体重が減っており、驚いたのを覚えている。体重は、頑張った分だけ結果が出る。それがある種の成功体験となり、ダイエットが加速した。

始めは食べる量を減らしていき、ダイエットに効果のあると聞いた過度な運動を続け、体重は約半年で危険なまでに減少。のめり込む性格もあり、十分に細すぎるのに、さらに〇㎏台まで到達しなければと数値目標を持った。強迫観念にかられていたのだと思う。

周囲の心ない言葉で
「やせ願望」は強まった

小学生の頃から漠然と「やせたい」という気持ちは持っていた。思春期に入ると、周囲と体型を比べる気持ちが強くもなった。遠慮のない男子には「体重2トンあるんやない?」「やせれば??」とからかわれ、家族からも「このままだと〇〇さんみたいに太るよ」と比べられた。なんでもないように装っていたけれど、傷ついた。自分は「一般の人より太っている」という意識が強まった。体型や容姿のコンプレックスは、次第に「もっとやせたら人生うまくいくんじゃないか」という考えを形づくった。

体重に固執したのは…

体重に固執したのには、自己肯定感の低さも影響したのかもしれない。テストでは満点を取らないと気が済まないぐらいの完璧主義で、学校の成績は良かったのに、「よく頑張った」という意識より「上には上がいる」と考えていた。学校生活でも、「存在しているだけで申し訳ない」という心境になることもあった。今思えば、クラスに在籍するのも、中学校に通うことも当然のことなのに。そんな本心はとても周囲に明かせるはずもなく、いつも明るく振舞っていた。

やせることで得られた安堵

「心配してくれている人がいる」

やせたことで、「かわいくなったね」といわれることが増えると、褒められたことが嬉しくて、「もっとやせて、もっと褒められたい!」という気持ちになった。また、学校の先生や友人から、「急にやせて大丈夫?」と声かけされたときに初めて、「自分のことを心配してくれている人がいる」という安堵が生まれた。

私は両親から愛情を十分に受け取ることが難しく、日々「いい子」でいるよう振舞っていた。だからこそ、両親から拒食の様子を心配されると、「自分なんかでも生きていていいんだ」と思えるようになり、ほっとした。
「やせると、心配してもらえる」という安堵と同時に、「太ったら、また誰からも心配されなくなるのではないか」という不安も生まれ、やせることを止められなくなった。体重減少は目に見える形で進んだ。

「頑張らなくていいんだ」

小児科で「頑張ってきたんだね、つらいなら学校や習い事を休んでもいいよ」と声をかけられたときは、頑張らなくていいよと言ってもらったようで嬉しく、肩の荷が下りたようにも感じた。

体重の減少は、次第に生活にも支障をきたすようになった。体重が減ることで体力がなくなり、ベッドで一日のほとんどを過ごすようになった。トイレに立つ、お風呂に入るといった動作だけで倒れるため、次第に学校にも行けなくなった。体重が危機的な水準となり入院が決まった。

ほっとした入院生活

入院したことで、ほっとしたというのが本音だった。病院では、常に誰かが近くにいてくれて、心配もされたからだ。ベッドの上では何もせず、食事は食べずに廃棄した。
食事量の管理のほかに、カウンセリング等の心理療法も行われたが、形式的な感が否めなかった。「きっとこういう答えを求められているんだろうな」などと考えてしまい、素直に自分の気持ちを話すことはできなかった。進学校だったため、休むことで勉強に追いつけなくなるという焦りもあった。
結果的に、半年間の入院で、体重の増加はなく退院した。

本当の自分を
理解してもらえない苦しさ

食べたい欲求が止まらない

退院後は、体が栄養を取り戻そうとして食欲が止まらない、そんな状態になった。
はじまりは、退院後はじめての家族との外食。心配をかけたくない気持ちから無理をしてうどんを食べ、「1杯食べられた」という嬉しさがこみあげて、翌日から「食べたい」という欲がわいてきた。

周囲も最初はその食欲に喜んでいたけれど、次第に「食べるのをやめたいけど止められない」という状態に。過食が進むと、親にはあきれられ、次第に訴えを無視されるようになり、ため息をつかれたこともある。拒食から食べられる状態に回復すると、今までのように心配してもらえなくなるのだというジレンマに陥った。

ストレスがきっかけで「食べる」

退院後、親は病気を早く治して勉強の遅れを取り戻させようと考えたのか、干渉されることや癇癪を起こされることがあり、関係が崩れていく。
体重が回復して命の危機は脱しており、十分な栄養がいきわたっているはずなのに、外的なストレスがきっかけで食べすぎてしまう。うまくいかないことがあったから食べよう、勉強でわからないところがあったから食べよう、といった風に。

なんでこんなに食べてしまうんだろう…

「なんでこんなに食べてしまうんだろう…」自分でも食べることがやめられない理由がわからず、いつになったら普通の食事ができるのだろうと不安だった。
「病気を言い訳にしているだけで、単なる甘えなのではないか」とか、「食べることに執着する自分が卑しい」という気持ちにもなった。

拒食のときに頑張って確立した「やせている自分」のアイデンティティが、一瞬で崩れてしまったことへの焦りもあった。
体重が増えている自分は、周囲からどう見られているだろうか、だらしないと思われていないだろうかと、周囲の目も気がかりだった。

私の明るさは、心とは裏腹

学校では、体型について触れる人はほとんどいなかった。ただ、病気を抱えていることを知らない生徒や先生からは、授業に出られなかったり休みがちだったりすることを、「怠け」や「さぼり」のように受け止められたこともあり、つらかった。

それでも、つらい気持ちを周囲には明かせなかった。ネガティブな気持ちを伝えれば、相手にも気を遣わせてしまう。気を遣われるのも自分の負担に感じられ、人と接するときに「明るい私」や「ポジティブな私」を演じてしまう。
その結果、周囲からは「悩みがなさそう」「深く考えていなさそう」「人生楽しそう」と見られることが多かったと思う。心ない言葉をかけられることもあり、本当の自分を理解してもらえない寂しさや苦しさ、孤独を抱えることも多かった。

学問や交流をとおして
自分をみつめ直す

摂食症について知ることから

過食から抜け出したくて、回復に効果的とされる方法を、思いつく限り試した。過食衝動が湧いたら歯を磨く、入浴する、あるいは家に食べ物を置かない、などなど。しかし、それらはいずれも一時的なもので、根本的な解決にはつながらなかった。とはいえ、振り返ってみて「回復に役立った」と思うこともある。

まず、摂食症について知ること。摂食症になりやすい人の傾向などの情報を集め、自分と照らし合わせることで、きっとこうなったのは自分だけのせいではない、自分も摂食症を発症するだけの理由があったのだろうな、と思い至った。
また、大学で心理学を学ぶことで得られる気づきもあり、これまでの心境や症状にこたえ合わせができたように思う。

誰かの言葉で気づけることも

第三者の意見も大事。私の場合、叔母から「あなたの置かれていた家庭環境は、暖かいものではなかったよ。大変だったね」と言われて、はっとした。思い返せば、私の両親は不仲で、いわゆる家庭内別居の状況だった。家がシーンとしているのが気まずくて、親に気を遣って私が話を振ることもあった。
父親は学歴コンプレックスがあり、小さいころから勉強の話題しかなかったし、母親は過干渉で、ヒステリックな部分もあった。当時はそれを疑問に思わなかったが、私は叔母の言葉で、育ってきた環境を客観視できた。

「完璧」を手放してみて

そして、完全に過食をゼロにしよう!目標体重を達成しよう!という完璧主義的な考えを手放したときに、いつしか心が軽くなり、自分を追い詰めることなく病気と向き合えるようになった。

今でも、過食がゼロになったわけではないが、以前に比べれば確実に頻度が減っている。過食してしまっても、「まあ、そんな日もある」と楽観的に捉えられるようにもなった。以前は、体重のわずかな増減にも一喜一憂していたが、今は、多少の変動は誤差の範囲だと受け流せるようになった。食事のことも、意識しすぎずに日常を過ごせている。

ありのままの私で大丈夫

家族、恋人、友人、さまざまな人と過ごす中で、自分のことを愛してくれる人がいる、ということも、だんだんと認められるようになってきた。私はずっと、心の奥で深い虚無感を抱えながら、自分のことを肯定し、愛してくれる人を探していたのかなあと思う。

今振り返ると、あの頃の自分は決して悪くなかったし、思っていたほどダメでもなかった。だからこそ、当時の自分にそっと寄り添い、「ありのままのあなたで大丈夫だよ、何も間違っていないよ」と声をかけ、抱きしめてあげたい。

 

※掲載している方は全て仮名です。

※ここでご紹介している内容は、あくまでも個人の体験談です。症状や感じ方、回復過程には個人差があり、必ずしも全ての方にあてはまるものではないことに、ご留意ください。また、医療的・専門的な助言を代替するものではありませんので、必要に応じて医療機関や専門機関へご相談ください。

※診断名の変遷をふまえ、体験談中の表記はすべて「摂食症」に統一しています。過去に「摂食障害」と診断を受けられた方の体験についても、現在の診断名に基づき「摂食症」と記載しています。

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