摂食症ともの会

みんなの 摂食症 体験談

拒食症からの回復は、「強く、美しく、新しい自分」になることだった

ひまわりさん

40代女性

#拒食

「今の自分ではだめなんだ」と思い続けた幼少期。やせることが私を特別にしてくれた。16歳で渡米し、摂食症の治療を受ける中で、「回復は元の自分に戻ることではない。強く、美しく、新しい自分になることだ」と思えるように。今、その経験も糧に、新たな一歩を踏み出している。

自信がもてなかった幼少期

シャイな女の子だった私

幼少期はとても繊細で人見知りな、シャイな女の子だった。主張することや目立つことが苦手で、声が小さいため学芸会では一人だけマイクを持たされていたほどだった。親からは「もっと積極的に、明るくなりなさい」というプレッシャーをかけられているようで、「今の自分ではダメなんだ、頑張って自分を変えないと」と常に思っていた。

緊張感のある家庭、居場所のない私

また、父と母とはよく言争いをして、家庭内は常に緊張感があった。当時、家の中には一人になれるような場所がなく、家にいても窮屈で心が休まらなかった。姉はダイエットが好きで、母と姉がよくダイエットをしていた。

いじめを経験

小学3、4年生でいじめを経験する。「友達は信頼できない」と心に深い傷を負い、環境を変えるために中学受験をした。心機一転のはずが、中学では自分のお弁当箱の大きさを揶揄されるなど、自信を無くす出来事が続いた。指摘され続けるとどうしても気になり、どんどんお弁当を小さくし、母や姉のダイエットを真似て色んな減量を試し始めた。

摂食症が、私を特別でいさせてくれた

やせることで生まれた優越感

世代的にも、ルーズソックスにアムラーファッションの細身女子高生が街を闊歩する時代。食事の量を減らし、体重計の針が順調に減ることに安堵した。それは「拒食」の始まりだった。やせることで自分の体重がコントロールできている優越感を感じていたある日、小学校時代の同級生と偶然再会する。「すごくやせたね」と驚かれ、いじめられていた過去の自分を払拭できたような、いじめていた人たちにリベンジできたような、そんな感情がわき、体重の減少は一層進んだ。

止まらないジェットコースター

急速に減る体重に不安感はあった。今まではけていたスカートが、ぶかぶかではけなくなり、食べきっていたはずのケーキが食べられなくなった。「誰かに止めてほしい」と思いながらも拒食をやめられず、まるで、「止まらないジェットコースターに乗ってしまった」ようだった。

一方で、病気はつらいことから自分を守ってくれる存在でもあった。「病気だから休んでいい、甘えていい、わがままも言える」そういう特別感が私を満たしてもいた。父母の注目や関心を独り占めできる優越感や安堵感がある分、体重が回復してしまうと、周囲から心配してもらえなくなるのではという恐れも抱いていた。

入院治療をしたものの

そんな板挟みの中、体重はかなり危険な状態になるまでに落ちていた。見た目もがりがりで、学校の先生が心配して家に電話をかけてくれ、家族も心配して無理に食事を摂らせようとした。それから半年ほど経つと、ついに学校に通うことができなくなってしまった。

すぐに小児科で摂食症の診断を受け、通院が始まる。点滴などの治療では効果が得られず、摂食症専門病院へ転院した。そこでは行動療法が中心で「何キロまで体重を増やせたら、次はこんなことをしましょう」と目標を掲げ、安静にして病院食を摂り続けた。次第に1日に3食摂ることは定着したが、体重の大きな回復はなく、その後も入退院を繰り返した。

母の努力と私の混乱

母は、本を参考に、自分たちで回復に向けての取り組みを始めた。「親が子どもの摂食症を治すときにすべきこと」というような内容で、今思えばあまりおすすめできない方法ではあったが、とにかく治したい一心で試みたのだと思う。小さなアパートを借り、父と離れて、毎日決まったカロリーの食事を母が作り、決まったルーティンをこなした。とはいえ、その頃の私は身体的にも精神的にもぎりぎりの状態で、母に暴言を吐いたり暴力をふるうこともあり、母自身もやせていった。それでも、母はそんな私を根気づよく受け止めてくれた。

米国でつかんだ回復のイメージ

アメリカでの治療につながる

同じ頃、アメリカに留学していた姉が、ホストファミリーに私の状況を話したところ、アメリカにある摂食症専門の施設を訪ねてみてはどうかと勧められた。当時はインターネットも今ほど普及していなかったので、やり取りはすべてFAXだった。そんなやり取りを経て、施設側が特別措置として日本からの利用を受け入れてくれた。言語や食文化の違い、高額な治療費等の問題もあったが、そこから1か月余りで渡米が実現した。

仲間との共同生活がスタート

16歳で親元を離れ入所したのは、摂食症を抱える大人と思春期の子ども対象の施設。ここで、20人ぐらいの同年代の子たちとの共同生活が始まった。施設は砂漠の中にあり、周りはサボテンだらけ。日本の都会に住んでいた私は、その環境の違いにも大いに驚いた。夜にはサソリが出るという砂漠に周囲を取り囲まれ、もはやどこにも逃れられない環境の中、私は治療に身をゆだねることになる。

私を支えた仲間との絆

入所当初は低体重で、食事のほかに鼻から栄養を流すチューブを入れる必要があり、当初はとても怖かった。ひたすら抵抗し、泣いてチューブを入れる私を、ともに治療に取り組む女の子たちが「怖がらないでいいよ」と励ましてくれた。

同じ病気に向き合う仲間は、言葉の壁はあっても、強い友情で結ばれていると実感できる存在だった。「必ず治る病気だから」と支えあい励ましあうことで、絆はさらに深まった。仲間たちがいることが本当に心強かった。

「自分で向き合うしかない、闘わないといけないんだ」

アメリカでの治療につながれたことは、恵まれていたと思う。とはいえ、言語も文化も違う中で治療をこなしていくことは、やはり大変だった。当時の私は英語を流ちょうに話せず、自分自身を表現しきれないもどかしさを感じる一方で、初めて病気を理解してくれる人たちに囲まれて、自分がすっぽり受け入れられたような、日本では得られなかった感覚も味わった。

それまでは、親を責める気持ちも強かったけれど、親と離れて治療に向き合う中で、「自分で向き合うしかない、闘わないといけないんだ」と思えるようになった。次第に、「自分の病気に自分で責任を持つ」意識に変わっていった。

世界が少しずつ色鮮やかに

3か月の間、集中的な治療をし、その後は居住型のケア施設に移行した。個人セラピーだけでなく、アートセラピーやグループセラピーなどがあった。

思春期の私には、自分の内面を言葉にすることは難しく、アートセラピーはそんな私に向いていた。黒一色の世界が薄い灰色になり、少しずついろんな色で塗り広げられていく。言語ではない形で心情を表現することで、回復に向けたイメージをふくらませた。「拒食で自分の人生を無駄にさせない。もっと強く、美しくなるんだ」「体重を戻すことは、以前の自分に戻ることではない。新しい自分になっていくんだ」。そんな思いが、少しずつ私の中に根づいていった。

生かされた私にできることは

帰国後に感じた居場所のなさ

半年の治療が終わり、帰国後2年間ほどは日本でフォローアップ通院をした。日本では、中学校こそ卒業したものの、高校には行っていない状態で、居場所のなさを感じた。日本で普通に中高生時代を過ごした人たちとは違う時間を過ごしたので、なかなか自分の中高生時代のことは人に話せず、隠し事をしているような、もどかしい気持ちになることもあった。私はアメリカの大学入学を目標に、通信教育で勉強を始めた。

大学生になり回復を実感

日本でアメリカの高校卒業資格を得て、大学では再び渡米。食べ物に対するこだわりは少し残っていたものの、大学生活では拒食の症状もなく、普通にカフェテリアで食事をし、回復を実感できるまでになった。

アメリカの大学で学び、現地のソーシャルワーカーとしての資格も取得。帰国後は仕事に打ち込み、結婚、出産。子どもの成長にあわせつつ、キャリアを積んできた。

支えてくれた人たちへの感謝と、これからの使命

現在も家の物置には、当時アメリカに渡るまでの交渉のFAX、母の手記が保管されている。治療につなげるために必死で尽力してくれた家族や親戚、そしてアメリカ側の支援者など、当時の皆さんには今なお深い感謝の気持ちを持ち続けている。

40代に入った今、摂食症と向き合った経験があったからこそ今の自分があり、生かされた自分には何か使命があるのではと考えるようになった。アメリカでの治療経験を経て、いつか人のメンタルヘルスにかかわる仕事がしたいという思いは持ち続けてきた。回復を実感してから、様々な経験を重ねる中で、約20年が経った今ようやく、その経験を糧に、新たな挑戦ができる自分になったのだと思う。

こどもの心の健康が
大切にされる社会を目指して

現在、思春期の子どもたちのメンタルヘルスをテーマとした社会事業づくりに取り組み始めている。摂食症に限らず、思春期の悩みは多岐にわたる中で、社会のケアが圧倒的に足りないと感じている。私はたまたまアメリカに渡ったけれど、望ましいのは「自分の住み慣れた環境で、通学や習い事を続けながら治療を続けられること」だと思う。日常を分断されることなく、思春期を過ごせる子どもたちが増えるよう、私自身ができることを模索し、これまでに受けた恩恵へのお返しができればと考えている。

※掲載している方は全て仮名です。

※ここでご紹介している内容は、あくまでも個人の体験談です。症状や感じ方、回復過程には個人差があり、必ずしも全ての方にあてはまるものではないことに、ご留意ください。また、医療的・専門的な助言を代替するものではありませんので、必要に応じて医療機関や専門機関へご相談ください。

※診断名の変遷をふまえ、体験談中の表記はすべて「摂食症」に統一しています。過去に「摂食障害」と診断を受けられた方の体験についても、現在の診断名に基づき「摂食症」と記載しています。

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